新型コロナ (Mainichi)

「心と体、見つめ直す機会に」宗教学者・釈徹宗さんに聞く、新型コロナと宗教

By June 28, 2020 No Comments
「待つことと許すことの大切さを発信していくことが重要」と話す釈徹宗・相愛大教授=大阪府豊中市で2020年4月1日午後4時、花澤茂人撮影

 新型コロナウイルスの感染拡大が止まらず、社会は先行きの見えない状況にある。普段から人々の苦悩に向き合う宗教者の目に、現状はどう映るのか。宗教学者で僧侶でもある釈徹宗(しゃく・てっしゅう)相愛大教授に聞いた。【聞き手・花澤茂人】

 ――世の中が暗い雰囲気に包まれています。

 ◆こういう事態になると、不安と恐れで心がきゅっと萎縮します。すると、どうしても攻撃的になったり、誤った情報に惑わされたり、排他的になったりしてしまう。電車の中でマスクをせずにせきをした人を殴ったとか、家から出られない中で家庭内暴力が増加しているといった話も聞きます。ウイルスの感染もさることながら、そういう萎縮した心が感染しないようにすることが今、とても大事だと思います。

 ――そのために宗教は何ができるでしょう。

 ◆牧師の先生とお話ししながら考えたのですが、「待つこと」と「許すこと」の大切さを発信することだと思います。現代人は待つことと許すことがどんどん苦手になっている。心が萎縮するとますますそうなるでしょう。仏教の言葉で言えば、「和顔愛語(わげんあいご)」。柔らかな笑顔と優しい言葉で相手に接することです。親鸞も道元も、仏教の目指す心は「柔軟心(にゅうなんしん)」だと言っています。感染拡大のためになすべき措置と、柔らかな心は両立します。医療関係者など大変な状況にある方には悠長に聞こえるかもしれませんが、心のどこかで意識しておくことは意味があると思います。

 ただ、宗教の危うさにも注意したい時です。宗教には、来世の問題など社会の範囲を超えたナラティブ(物語)があります。それは宗教の強さであり、だからこそ救われる人がいるのですが、怖さでもある。僕は普段、あまりにエビデンス(科学的根拠)偏重の現代社会においてナラティブの大切さを問い直そうとしていますが、こうした状況では「この儀式をすれば救われる」とか「これを食べればウイルスにかからない」といったおかしな語りに振り回され、命を落とす人が出ないとも限らない。今は、エビデンスベースで判断する態度が重要です。

 ――柔らかい心でいるためにはどうしたらよいでしょう。

 ◆古典などを読むなど先人の知恵と出合うこともいいでしょうし、自分の心と体の声にじっくり耳を傾けるのもいいでしょう。仏壇や神棚が家にある人は、その前にじっと座る時間を持つこともいいと思います。いま私たちは、ものすごいスピードで動いていた感覚をペースダウンしないといけない。ウイルスとの長期戦になっていく中で、じりじりイライラしていたら心は縮む一方ですから。スマートフォンの普及によって、私たちはぼーっと時間を過ごすことが減りました。ついついスマホに手が伸びてしまう。やることがなくても、あえて忙しいゲームなどを始めてしまう。この時期に自分の心と体を見つめ直し、自分の中に流れる時間を意識的に延ばすということが…

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